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Kessel Plays Standards / Barney Kessel (ケッセル・プレイズ・スタンダーズ / バーニー・ケッセル )

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Information
personnelinst.
Barney Kesselguitar
Bob Coopertenor sax,oboe
Hampton Hawespiano
Claude Williamsonpiano
Monty Budwigbass
Red Mitchellbass
Shelly Mannedrums
Chuck Thompsondrums

notitlecomposerlength
1Speak LowNash , Weill2'42"
2Love Is Here to StayGeorge Gershwin , Ira Gershwin3'24"
3On a Slow Boat to ChinaFrank Loesser3'14"
4How Long Has This Been Going On?George Gershwin , Ira Gershwin3'16"
5My Old FlameCoslow , Johnston3'34"
6Jeepers CreepersMercer , Warren3'48"
7Barney's BluesBarney Kessel2'57"
8Prelude to a KissEllington , Gordon , Mills3'10"
9A Foggy DayGeorge Gershwin , Ira Gershwin3'07"
10You Stepped Out of a DreamHerb Brown , Kahn2'48"
11I Didn't Know What Time It WasHart , Rodgers3'54"
1264 Bars on WilshireKessel3'16"

Recorded:1954/7/1,4  1955/9/12


コの1曲

 My Old Flame
  Personnel:
   Barney Kessel (g)
   Red Mitchell (b)


コんな曲調

 哀愁漂うバラード


ココが聴きどころ


 1'50"~2'29"   2声のコード奏法箇所

 バーニー・ケッセルと言えば技巧派のイメージがあるが、ベースとのデュオで編成されるこのスローテンポのアレンジではケッセル流の“歌うような”コード奏法を十分堪能することができる。見せ場は2声のハモリが40秒間も続けられる1'50"~の部分であろう。
 2声のハモリフレーズをケッセルのように効果的に使用しているジャズギタープレイヤーは実はあまり存在せず、盲点的なアプローチとも言える。2声のハモリは、サウンド的にはギター独特の2つの音が重なったときのコード感とシングルトーンで弾いた際の芯のあるニュアンスの両方の美味しいところを活かすことができ、2色パンのようにおトクな奏法である。
 この曲のケッセルのように延々と2声ハモリフレーズで16分音符を刻み続けるのは困難だが、装飾的に2小節程度用いるだけでもソロが大変盛り上がるので、ジャズギター学習者としては是非ボキャブラリのひとつにしておきたい。


 2'42"~3'04"  ルバートからインテンポへの変化

 ルバートからインテンポへとも戻り、ベースとのデュオ演奏が再開する箇所である。地味ではあるが、ベースとの同期もピシャリと決まっており、聴いている側とすると思わず「オゥイェ」と言ってしまいたくなる瞬間だ。
 コードソロを活かしたジャズギタープレイヤーと言えば、ジョー・パスが第一人者でかもしれないが、ジョー・パスの演奏の場合は発想的にも技巧的にも難解で、あのようなアプローチは無伴奏ソロギターには向いているかもしれないが、本曲のように共演者のいるバンド演奏ではケッセル流の方が“栄える”ように思える。その秘密は、元来のコード進行に忠実な奇を衒わない音選びにある。その結果、共演者にも判り易い形で意図が伝わり、息の合ったバンドサウンドへと結実している。
 ジョー・パスを“フォーマットを問わず芸術を体現する孤高の達人”というならば、バーニー・ケッセルは“気の利いた音を共演者へ提供する音楽職人”と形容することができよう。


ココが巧い  

 芸術的な2声のハモリの連続技


 上記でも触れたが、2声のハモリフレーズを使用している箇所は聴き逃してはならない箇所である。ハモリを維持したまま16分音符を奏する場面があるが(2'13"辺り)、こういった奏法は地味に技巧的である。
 ギターの弦は4度もしくは3度の間隔で設定されているため、例えば人差し指で1、2弦をセーハ(バレー)をすればそれだけで5度のハモリは完成するが、ハモリをフレーズ化するには、コーダル(インサイド)なサウンドを維持するためスケール上を辿ることになる。
 別々のフレットを人差し指と中指、あるいは中指と薬指といった組み合わせで押さえなければならなく、尚且つ左右への横移動の機会も多くなっていく。そのまま、スイング感を保ちながら8分音符を刻むとなるとゴーストノートを出してしまったり、変な和音になってしまったりするものだが、ケッセルは卒なく、見事にハモリフレーズを継続しきっている。



 
左手を駆使したレガート感


 1音1音をピックでピッキングするのではなく、ハンマリングオン、プリングオフ、スライドを駆使するアプローチは、ケッセルの特徴とも言える。バラード曲に限らず、例えばアップテンポの曲であってもどことなく“柔らかい”雰囲気がギターサウンドから感じられるのはこの為だろう。「ピッキングした際のアタック感がなければ存在感が薄まっていまい、ホーンライクではない」といった意見もあるが、見方を変えれば、波に乗るようなスムーズな“レガート感”が実現できているとも言える。
 ここの現象から学ぶことができるのは、『右手によるピッキングに拘らなくともジャズギターを奏することは可能である』ということだ。確かに、ジョー・パスやパット・マルティーノのように1音1音を正確にピッキングしきる方が、1音1音がはっきり聴こえ、“音の粒が揃っている”感じを表現することができ、また自らのピッキングの技巧もアピールすることができるかもしれない。しかし、世の中上記2人のような器用な人間ばかりではない。
 ジャズギターを学習する上で、オルタネイトピッキングやエコノミーピッキング等のテクニックで壁にぶつかった場合は、早い段階でケッセル流に切り替えることを筆者は推奨する。ピッキングに頼らずとも、レガート感を追求すればジャズはできる。60年前に録音された本作がそれを証明している。



マイナスワン
♩ = 90  Key in G  8 Chor.  11'34"
  (IEにて再生可能)


ココからは余談。。。

 ケッセル独特の“困った顔”


 ケッセルの動画を見ていただければ一目瞭然だが、ケッセルはいつも“困った顔”をしている。
 
 見たくないものを見てしまったかのようにイイ感じで目を細め、イイ感じで困っている。
 本当に困っているのか、あるいは困っていないのか、困っているとしたら何に困っているのか、財布や傘を忘れてしまったことに困っているのか、足の裏やデリケートゾーンがかゆいことに困っているのか、全く不明であるが、ソロが盛り上がるにつれ顔の困り度も増してゆく姿は見ていて非常に惹き込まれるものがある。


 女バーニーケッセル


 筆者がかつて所属していたモダン・ジャズ研究会には合宿なるイベントが夏にあった。ここでは、基本的にはセッションやバンド演奏を集中的に行うのだが、夜になれば当然のことながら酒盛りが開幕する。
 合宿中の出来事である。
 旅の開放感と酒の勢いも相俟ってか、男子の中には衣服を脱ぎ始める者や脱がせ始める者が出始め、さらにはそれを写真に収め茶化し始める者も出てきた。新入部員の中には女子もいたので、組織の責任者であった筆者としては場を諌めなければならなかったが、年に1度の機会でもあったので「まぁ脱ぐくらいならいいだろう」と静観を決め込んでいた。
 合宿も終了し数日たった頃、合宿にカメラを持ち込んでいた女子部員からこんな相談を受けた。
 

女子部員Z(19):「合宿中に撮った写真現像しようと思うのですが、普通のカメラ屋さんで受け付けてくれますかね~?現像できないようなヤバイのもあるような気が(( ;゚Д゚))…どうしましょう?」


そこで筆者は、


筆者(22):「セブ○・イレブ○なら、たぶんやってくれるよ(`・ω・´) b」


という助言を返した。
 今にして思えばこの助言がまずかった。
 翌週の定期セッション日、現像済写真を持参して現れた彼女はどういうわけか、見たくないものを見てしまったかのような参った様子だった。その顔はソロが盛り上がっている最中のバーニー・ケッセルを彷彿させた。
 持ち込まれた写真は筆者が確認するよりも先に部員たちに回されていったのだが、それを見た男子部員たちは大ウケし、女子部員たちは一様に見たくないものを見てしまったかのようななんとも言えない困り顔を見せるや写真を次の人間にすぐに渡していくといった反応だった。そんな“女バーニーケッセル”たちをひとしきり拝んだ後にその写真は筆者の元に回ってきた。
 約30枚の写真の束を上から順にめくっていったところ、最初の方のページは出発直前の集合写真やバンド演奏を写した普通の写真だったが、15ページあたりに肝を抜かれる画像が筆者の目に飛び込んできた。…ここにその詳細を記述することはできないが、これを読んでいる聡明な皆さんのお察しの通りである。“それ”は修正的なものは施されずに如実に記録されていた。しかもその局地的な部分だけがアップになっていた。いわゆる接写というやつだ。『真実を写す』と書いて『写真』であるが、合宿中に起きた乱痴気騒ぎを見事に写していた作品であった。“女バーニーケッセル”が量産されたのも納得がいった。


 この日以来、女子部員が徐々に減っていったのだが、この件とやはり関係があるのだろうか。
 答えは未だ闇の中である。


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2014/06/05(木) | Barney Kessel | トラックバック(0) | コメント(-)

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